2021-07

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JR東日本

E131系、真夏の安房天津駅に到着

安房天津です。30年近く前仕事でよく行ったよなぁ・・・。今回はここでE131系を撮ってみました。誰もいないだろうと踏んで行ったのですが、上りも下りもそこそこの乗客がおりました。この駅近辺は道路も不便ですからねぇ。それでも列車はワンマン2両。とことんまで切り詰められた感を感じてしまいました。
JR東日本

E131系、内房線の名所・山生橋梁を行く

1年ぶりに訪れた内房線の名所・山生橋梁です。やってきたのは新鋭・E131系。房総の海水浴は車でGO、さらにはコロナで閉鎖中の海岸多数、そんな時代であれば、たった2両でもまかなえてしまうのでしょうか。なんかちょっと寂しい・・・。今年も静かな房総の海。来年は芋洗い状態wになることを祈念して・・・。
JR東日本

E257系500番台わかしお1号、菜の花を見下ろす高架を行く

ようやく行くことができたひまわり畑。咲いてる花も多かったですが、まだまだ蕾も待機しているよう。台風通過に耐えた後に満開になるのでしょうか。今回は房総カラーのE257を撮りましたが、やはり255やE217でも撮ってみたいですね。混まない早朝に全部来てくれればいいのですが・・。夏ダイヤではない房総の夏、なかなか手強いです。
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過去ポジ・蒲原鉄道

1998年蒲原鉄道の旅(4・完)夜の雨の最後の旅路

1998年蒲原鉄道の旅、最終回です。新潟交通で時間食ったせいか、蒲原鉄道での撮影時間は夕方から夜間となってしまっていたようです。到着時間が早ければ、あの路線長ですから、当時の自分なら絶対完歩してただろうなぁ。あ、今でも歩けるかな?リベットゴツゴツは見れなくても、吊り掛けが聴きたくなった今回のシリーズでした。
過去ポジ・蒲原鉄道

1998年蒲原鉄道の旅(3)風格あるホームを備える村松駅

廃止された蒲原鉄道、その廃線1年前の様子です。当時終点となっていた村松駅近辺をうろうろw。平成、というよりは昭和な雰囲気がどっぷり残っていたこの駅。単行電車だけではもったいないくらいの風格がありました。今こんな重厚な駅、どこかに残ってるんでしょうか。
過去ポジ・蒲原鉄道

1998年蒲原鉄道の旅(2)村松駅は電車博物館???

今はなき蒲原鉄道。その終点・村松で構内に休む車両たちを撮らせていただいておりました。今のご時世だったらここまで入らせてくれないだろうなぁ。それにしても、鋼鉄の車体、リベットゴツゴツ、重く響く吊り掛けモーター、いい時代に生きていいもの見させていただけたなぁ。確かこの時も貸切♪いろいろな意味で良い時代でした。
JR東日本

255系わかしお3号、海の日の太平洋を横目に

貴重な255系使用の「わかしお」を太平洋が見える場所で捉えました。この時期わざわざ人が集まるところに出かけていく人の気が知れません。そう言いつつも、このクソ暑い中出掛けていく奴の気が知れんとどこかで笑われているんでしょうけれど(^ ^;;2度目の異様な夏。こんなの今年限りですよね?ね?って誰が答えてくれるんでしょうねw
過去ポジ・蒲原鉄道

1998年蒲原鉄道の旅(1)いざ五泉から味のある車両に乗車!

1998年の新潟シリーズ。今度は蒲原鉄道です。五泉から伸びていたわずか3駅のミニ私鉄。加茂まで繋がってた時に乗っておくべきだったぁ・・・と言っても当時高校生じゃ新潟県までなんてとてもとても・・・。あと10年早く生まれてたらもっと色々撮れてたかも・・・なぁんてたらればを考えるのもまた面白かったりして。次回は村松駅です。
過去ポジ・新潟交通

1998年新潟交通の旅(8・完)賑やかなりし車内風景

8回に渡った新潟交通の旅、今回で完結です。車内風景を撮ったカットも残っていましたが、結構乗客いたんですねぇ。鉄分のある奴が全く写っていないというのもまた貴重さを押し上げてるような気がしますw。そう、そういう光景が見たいのです。そのためには普段の生活の中で粛々と記録していかねば・・。さて次回からは蒲原鉄道編スタートです。
過去ポジ・新潟交通

1998年新潟交通の旅(7)モハ10形は堤防とともに進む

第7弾まで来ました、新潟交通の旅。今更ながら味方で降りた理由がわかりません。交換駅や車庫のある駅だったら容易に想像つくのですが・・・。次なる地への時間がなかったからなんでしょうか?そう、新潟交通の「次」もあったのです。同じ年に廃止になった路線。そう「あそこ」です。次の次の回からそちらの話題になりそうです。
過去ポジ・新潟交通

1998年新潟交通の旅(6)味方駅にて途中下車

再び新潟交通です。なくなってしまう路線を訪れるときは大抵終点まで乗り通していたものですが・・・あれあれ?途中の駅で降りてしまっていたようです。堤防脇の小さな駅・味方。交換設備も無い棒線駅になぜに降り立ったのか???今となってはわかりません。20年の時というのはそんなもん???。でも印象深いカットは得られてたようです。
京成

ひまわり咲いた咲いた、モーニングライナーの車窓を彩る夏の朝

夏を象徴する花・ひまわりです。これだけ密集して植えられている場所、随分久しぶりに見た気がします。まだまだ蕾も多く控えていて、まだまだこの先咲き具合が楽しみでありますw。地上で見ると見応えありますが、さて、車窓からはどの程度見えてるんでしょうか?モーニングライナーのシートからならばあるいは???
京成

京成船橋〜京成千葉間開業100周年、スカイライナー再び千葉線へ

普段見慣れた車両でも、普段見慣れない場所で見ることができるとちょっと嬉しかったりするものです。それにしてもどんどん撮りにくくなる昨今の傾向。自分で自分の首を絞めることにならないよう気を付けていきたいものですね。触車事故防止的な教育が必要な時代になっちゃったか、とも思い始めてます。アングルも大事だけど安全第一が先ですわ。
東京都交通局

都営浅草線5300形、残りわずかな希少な形式となりました・・・

他の方の記事を見るまでは、そこまで数を減らしているとは露知らず。家の近所ではちょくちょく見かけていたのでそれほど終焉の時が近いとは思ってもいなかったのですが・・・。でも確かに大佐倉で見かけていたのは歌舞伎顔ばっかりだったなぁ、最近は。というわけで不意打ちくらいました。もしかするとこれがラストカットになるかも・・・汗
京成

AEモーニングライナー、咲き始めたひまわりを横目に

そういえば、ひまわりを撮ったのはいつ以来だろう???全然思い出せないところを見ると相当なブランクがあるようです(^ ^;;遠くに行けない昨今、季節の変化は近場に求めるしかありませんが、今年はいいもん見っけた♪まだまだ咲き始めなこの場所。満開になる日を心待ちにしながら通ってみようと思ってます。
過去ポジ・新潟交通

1998年新潟交通の旅(5)モハ10形に揺られる旅路

新潟交通、ようやく乗車したカットが出てきました。起点から1つ目の東青山からモハ10形の乗客に。天気も良かったみたいだし電車はガラガラだし旅人にとっては最高の状況だったようです。もう20年以上も前の光景なのかぁ・・・。小さなフィルムのコマの中の光景は今でも色鮮やかでした。まるで今も走っているかのように・・・。
過去ポジ・新潟交通

1998年新潟交通の旅(4)1つ目の駅・東青山にて

新潟交通の旅第4弾、築堤上の小駅・東青山でのカットです。このカーブ、今でも地図上ではっきりと確認することができます。周りは結構住宅があったと記憶してますが、この時ここに現れた乗客は私1人のみ。新潟駅まで直通で行けるバスの方が好まれてたのかなぁ・・・などと妄想。さていよいよここから乗車します。
過去ポジ・新潟交通

1998年新潟交通の旅(3)モハ10形、信濃川関屋分水路を渡る

もしかすると最後の一文が一番言いたかったことなのかもしれない(^ ^;;過去ポジ見てると「今はどうなってるんだろ?」と気になるんですよね。そんな場所が増える一方どこにも行けない日々も伸びる一方。廃線跡を辿って月潟駅跡でモハ10に再会したい。やりたいことは実に単純なことなんです。計画山積。
過去ポジ・新潟交通

1998年新潟交通の旅(2)モハ10形、行ったり来たり

新潟交通の日車顔のモハ10形を駅の西方でしつこく撮ってたようですw。よく調べてみたら、モハ10形とは言いつつも色々と細かな差異があってもっと細分化できるようです。でも私のブログは研究系じゃなくて懐かしいねぇで終わっちゃう系なのでそこそこに(おいおい)。それにしてもシンプルでキレイですね。今でもこんな車両あったらなぁ。
過去ポジ・新潟交通

1998年新潟交通の旅(1)東関谷駅の光景

1998年の新潟行きの目的は新潟交通の乗りと撮りでした。翌年の廃止を見越していたのだと思いますが、今と違って同業の方とは全然会いませんでしたわ(^ ^;;20年以上前はまだまだ鉄道趣味は今ほど認知されていなかったのでしょうか?それにしても優しい雰囲気の日車顔。今も走ってそうな気がしてくるから不思議です。
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