過去ポジ・JR東日本

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2000年頃の御茶ノ水界隈、まだ201系の天下だったころ

中央線の主力車両がまだ201系だった頃に撮っていた御茶ノ水あたりでの写真です。車両も懐かしいですが、一緒に写っている街の風景もやはりひと時代ふた時代くらい前の匂いがプンプンしていますwww。こういう写真、時が経つほど味が出てきますね。ここで直近の写真も並べられたらもっと面白いのでしょうが・・・近々で挑戦してみます(汗
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黄色い総武線、103系が往来していた時代

銀帯・豚鼻・高運転台のクハ103の往来光景です。個人的には低運転台でデカいライトの面構えの方が好みです。そんなカットが出てこないかなぁ・・・と過去ポジ取り込みやってたのですが、なかなか狙ったものって出てこないんですよねぇ・・・。絶対どこかで撮ってるはず。過去の自分を信じて過去ポジあさりの旅は果てしなく続くのであったw
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オレンジ色の201系、改良工事前の御茶ノ水駅に青梅特快が来た!

オレンジ色の中央線の201系。結構撮ってたんだなぁ、と言うのが正直な感想。待つまもなくバンバンやってくる普通の電車なんですが、時を経て見てみるとやはり色々と興味深いところに目が行ってしまいますね。行灯式の特快表示。ごついごつい強化型スカート。こんなだったっけ?普段遣いの電車こそ細部に渡って記録しておくべきですね。
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E217系、登場当初の姿の幕張所属編成が到着

E217系です。20年前の写真が出てきました。更新やら交換やら所属変えやら色々な変化が起こる前のオリジナルな姿の頃。JR世代の車両でも20年以上の時を経ると色々と変化が出てくるもんですねぇ。国鉄末期の頃の魔改造オンパレードに比べれば微々たる可愛いものですが、やはり地元車両となるとちょっと思い入れが出てきてしまいます。
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黄色い総武線、錦糸町を行き交う103系と201系

20年前の総武緩行線は黄色い103系と黄色い201系の天下でした。そんな時代の写真が出てきました。全身をラインカラーで染め上げた車体。つい最近までどこでも見られてたよなぁと思ってたのですが・・・今はみんなシールだもんなぁw。化けるのは簡単なようですが、褪色や剥がれといった点ではやはり塗りの方が耐性がありますね。
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183系しおさい、LEDと幕、どちらのヘッドマークがお好み???

房総の183系。新潟から来た1500番台は幕だけだと思いましたが、オリジナルの0番台は幕のヘッドマークとLEDに改造されたヘッドマークの2種類があったかと思います。私は幕に描かれたカラフルなヘッドマークの方が好きでしたねぇ。房総の特急ですからやはり「海の青」をきちんと掲出しなきゃ、ね。
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オレンジ色の201系、御茶ノ水渓谷を行く

中央線の御茶ノ水界隈、ちょっとした渓谷的な風景だなぁと思って見ています。大学時代の4年間と、勤めるようになってからの半分くらいはここを通っていたのではなかったでしょうか。久しく降りていない御茶ノ水。駅舎も変わっちゃったしホームも変わっちゃった。今度の休日は自分の知らない御茶ノ水を見て見ましょうか・・・。
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中央線飯田橋駅、春の香あふれる引込線があったころ

20年前の春の飯田橋の写真が出てきました。まだ飯田町貨物駅の引込線が残っていたようです。その廃れ具合と花満開に惹かれたのでしょう。行き交うオレンジの201系とともに何枚か収めておりました。この駅もリニューアルされてずいぶんと様子が変わってしまいました。どこかにワム8の長大編成の写真があるはずなんだけどなぁ。それはまたw
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200系と400系、20年前の新在直通コンビを見る

新在直通の山形新幹線、なんともう来年には開業30周年を迎えるんですね。開業直後に乗りに行ったの、ついこの間だと思ってたんですが・・・(^ ^;;そのまだ開業直後と同様の姿で東京駅に入ってくるシーンを捉えていたカットが出てきました。どちらもまだオリジナルな姿。懐かしいですねぇ。過去ポジひっくり返しの楽しさ満開ですw
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オレンジ色の201系、中央線東京駅に出入りしていたころ

中央線といえばオレンジ色の201系という時代が長らく続いていました。登場したのは私が小学生だったころ。ずいぶんと前のことですね(^ ^;;この写真も20年前のものですからこれもまたずいぶん前のものということですね。今では関西に若干残っているくらいでしょうか?当時としては珍しいブラックフェイスが衝撃的な車両でした。
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200系新幹線、東京駅で見る2つのカラー

200系新幹線。リニューアルの過渡期だったんでしょう。2つのカラーが共存していました。そして続いて出てきたのがビュッフェ合造車のカット。昔はこういう定員外のサービス空間があったよなぁ、と。今の新幹線って速かろうが何だろうが結局詰め込みなんですよね。出張で乗る人ばっかじゃないんだから、今こそ発想の転換を!?って無理?
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寝台急行銀河、機回し待ちのひととき(20年前の東京駅にて)

この前後、新幹線を撮ったコマが多かったのですが、1枚だけ在来線ホームを撮っていました。それがこの寝台急行銀河。機関車が切り離されて、品川への回送準備に入ろうかというところでしょうか。廃止が取り沙汰される8年近く前。見送る者もおらず粛々と進められる作業に目を奪われて1コマしか撮れなかったみたいです・・・。
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1994年7月深名線をあとにさぁ帰るよ!(4)デビュー直後のE1系Maxでいざ東京へ!

1994年深名線を訪ねる旅、締めくくりは当時の最新鋭新幹線・E1系Maxへの乗車でした。考えてみたらMaxのグリーン車ってこの時が最初で最後でしたわ(^ ^;;思い切って乗っておいてよかった・・・。時には思いっきりも大事だ、という証左ですね。夏空のカットを見て「今年の夏は旅に出たいなぁ」の感が強くなってしまいました。
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1994年7月深名線をあとにさぁ帰るよ!(3)大館から乗ったのは・・・なんとっ!

深名線を訪れた帰路、青森から奥羽本線周りのルートを辿っていたようです。「たざわ」の始発に乗りたいがために大館で途中下車。秋田犬の銅像見たさだったわけではなさそうでした。今となっては秋田をスルーする特急もなくなってしまいました。色々と貴重な体験がゾロゾロ出てきます。過去ポジ発掘、次はどこへ行った時のものが出てくるか???
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1994年7月深名線をあとにさぁ帰るよ!(2)青森から白鳥の乗客になりました!

1994年深名線の旅の帰路。「はまなす」で本州に戻ってきたあと、どうやら「白鳥」乗客となっていたようです。今はなくなっちゃった列車ばかりだなぁ・・。本当当時乗っておいてよかった。今更ながらにそう思います。列車も旬な商品ですからね。いつかは乗りたい、ではなく、今いいなと思ったら乗っておかなきゃ。今まさにそう思っております。
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1994年7月津軽海峡線「はつかり」の車窓から。そして函館へ!

1994年深名線への旅。その序章がまだまだつづきます。盛岡から「はつかり」に乗って函館に到着するところまでです。海峡線と新幹線のアプローチ部の工事着工前の光景、これは我ながらよくぞ撮っておいたなぁと感心してしまいました。二度と見れない光景の発見。過去ポジ発掘の醍醐味ですね。
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1994年7月賑やかなりし盛岡駅在来線ホーム

1994年7月の記録。今度は盛岡駅での光景です。新幹線からの接続を受ける特急が発着する駅というのは、思いのほか色々な列車がやってきていたようです。この時も特急電車、ジョイフルトレイン、ディーゼルカー、そして客車。これで貨物も撮ってたら完璧だった?www。タイムスリップ旅行、もうちょっとお付き合いください。
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1994年7月東北新幹線「やまびこ」に乗って、いざ北へ!

深名線への旅の序章、まずは東北新幹線編です。・・・といいつつ東京と盛岡のカットしかないという(^ ^;;この頃の郡山のカットでもあれば興味深かったんですけどねぇ・・・。一昔前の200系を思い出すことができるカットがあっただけでもみっけもんでしょうか。賑やかな盛岡駅在来線ホームは次回ご紹介します。
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東京駅東北新幹線ホーム、1994年まだ1面しかなかった頃

1997年7月、深名線の旅に繋がる部分をご紹介していこうと思います。当時の鉄道事情は現在と随分と異なる点があります。そのほじくりと比較をやったら面白そうだなぁ・・・と。何回に渡るかわかりませんが、まぁ誌上旅行だと思ってお付き合いください(^ ^)
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湘南色113系、東京駅出発

湘南色の113系のカットが出て来ました。すべて東京始発だった頃の東海道本線。しかもボックスシートがたくさんついていた時代。ついこの間まで当たり前だったことが、あっさり変わってしまう。コロナがなくてもそういう変化は粛々と起きていたんですよね。よく目を凝らして。流されちゃいかんな・・・。
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