1998年新潟交通の旅(3)モハ10形、信濃川関屋分水路を渡る

過去ポジ・新潟交通

1998年の新潟交通の旅、第3弾です。
当時のスタート地点・東関谷を出発して
隣駅・東青山までは歩いていたようです。
途中で信濃川が2つに分かれる地点がありました。
本流は東に曲がってさらに北を目指しているのですが
ここで左に分かれてすぐに日本海に注いでいく流路もあるようです。
そこに道路橋含めいくつも橋がかかっていますが
一番本流側(上流側)にかかっていたのが
この新潟交通の鉄橋だったようです。

モハ10形が単行だからというのもありますが
なかなか長大な鉄橋に見えますね。
近寄ってもう1枚。

ゴゴンゴゴン・・・と
今にも轟音が聞こえてきそうw
グーグルマップで見てみたのですが
現在はもうこの鉄橋は撤去されてしまったようです。
ですが
この写真でいう左側・西方(東青山方)はサイクリングロード?になってるように見えました。
モロに廃線跡だ!
とわかる曲線を描きながら
線形は残存しているのですよ。
地図モードだとわかりにくいですが
航空写真モードにすると
配線跡って結構辿れるものです。
少し前にJR北海道の深名線の記事を書いた時も
グーグルマップの航空写真でかつての沿線を辿ってみたのですが
まぁ
ここが線路敷だった
とわかることわかること。
場所によっては野に帰っちゃってるところもありましたが
それでも細長く残る線路敷跡は
ここに線路があったんだよ
と、今も力強く語っておりました。
そんななので
廃線になってしまっても
その遺構を探ることができる
いやぁ
便利な世の中になったものです(ジジイ的発言だな(^ ^;;
でも
一番は自分の目ん玉で確認すること。
コロナが収まったらここも絶対再訪だな。
そんなリストが増え続けるばかりです。
おい
でかい運動会なんかやってないで
とっとと終わらそうぜ!

というわけで過去写真を楽しみましょうw
1998年新潟交通の旅(1)東関谷駅の光景
1998年の新潟行きの目的は新潟交通の乗りと撮りでした。翌年の廃止を見越していたのだと思いますが、今と違って同業の方とは全然会いませんでしたわ(^ ^;;20年以上前はまだまだ鉄道趣味は今ほど認知されていなかったのでしょうか?それにしても優しい雰囲気の日車顔。今も走ってそうな気がしてくるから不思議です。

1998年新潟交通の旅(2)モハ10形、行ったり来たり
新潟交通の日車顔のモハ10形を駅の西方でしつこく撮ってたようですw。よく調べてみたら、モハ10形とは言いつつも色々と細かな差異があってもっと細分化できるようです。でも私のブログは研究系じゃなくて懐かしいねぇで終わっちゃう系なのでそこそこに(おいおい)。それにしてもシンプルでキレイですね。今でもこんな車両あったらなぁ。


1998年
新潟交通 東関谷〜東青山
おそらくcanonEOS-1NHS EF20-35mmF2.8L

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