過去ポジ・深名線の旅・往路

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過去ポジ・深名線の旅・往路

1994年7月早朝の音威子府駅そしていよいよ名寄へ???

深名線への旅。ようやくプロローグ完結です。1泊2日の行程でしたが、同じ時間かけても最近ここまで撮ってたことあったかな???やはり乗らなくなってきてることの証左ですね。公共交通機関でのマナー低下を見たくなくて避けてましたが・・。コロナが収まったあと、混雑がこのままレベルだったらリハビリは容易。そう目論んでますがさてさてw
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1994年7月早朝の音威子府での夜行急行「利尻」撮影会w

1994年7月、深名線にたどり着く前の寄り道道中記。早朝の音威子府での模様です。早朝、と言ってもたしか午前3時台だったと思いますが。誰も降りなかったのをいいことにまぁ駅の中をウロウロしまくってたようです。このあと夜明けとともに蒸し暑くなってきたのですが、夜明け前はさにあらず。ボツカットも含めると結構撮ってたようです。
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1994年7月夜行急行「利尻」で音威子府へ

1994年深名線を目指す旅、いよいよ宗谷本線に入ります。今はなき夜行急行利尻の様子です。考えてみたら宗谷本線に乗車したのってこの時だけだ・・・。実は稚内も未踏の地。天北線が残ってた頃に計画だけは立てたことがありましたが・・・。夏の道北しか知らないので冬の道北も見てみたい。次の冬、コロナが収まってれば実行か!?
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1994年7月夜の札幌から夜行急行「利尻」で旅立つ

札幌の夜、といえばすす・・じゃなくて次々と発車する夜行列車が花を添えていました。夜行に乗れば大抵のところに朝着ける。・・・今はみんなバスに持って行かれちゃいましたが、かつては北海道ワイドがあればなんでもできる感がありありでした。この時急行で残ってたのははまなすとこの利尻だけ?この旅の2番目のお目当てがこの利尻でした。
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1994年7月スーパー北斗いざ札幌へ

1994年深名線へと続く旅、ようやく函館本線の乗客となりました。当時の最新鋭。キハ281系スーパー北斗。今では「スーパー」の表記も無くなってしまいました。色々なところから時代の変化が読み取れます。何気ない車窓スナップに今となっては色々感じるところが増えたのも歳を食ったせいでしょうか・・・(^ ^;;
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1994年7月は〜るばる来たぜ函館!駅周辺とホームの光景

深名線への序章シリーズ、函館で少しぶらぶらしていたようです。駅もひと世代前だし、今ではいなくなってしまった車両も現役活躍中の時代でした。令和になってから新函館北斗には行ったけど、函館にはまだ行ってなかったなぁ・・・。次回渡道時は是非とも立ち寄りたいです。
過去ポジ・JR東日本

1994年7月津軽海峡線「はつかり」の車窓から。そして函館へ!

1994年深名線への旅。その序章がまだまだつづきます。盛岡から「はつかり」に乗って函館に到着するところまでです。海峡線と新幹線のアプローチ部の工事着工前の光景、これは我ながらよくぞ撮っておいたなぁと感心してしまいました。二度と見れない光景の発見。過去ポジ発掘の醍醐味ですね。
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1994年7月賑やかなりし盛岡駅在来線ホーム

1994年7月の記録。今度は盛岡駅での光景です。新幹線からの接続を受ける特急が発着する駅というのは、思いのほか色々な列車がやってきていたようです。この時も特急電車、ジョイフルトレイン、ディーゼルカー、そして客車。これで貨物も撮ってたら完璧だった?www。タイムスリップ旅行、もうちょっとお付き合いください。
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1994年7月東北新幹線「やまびこ」に乗って、いざ北へ!

深名線への旅の序章、まずは東北新幹線編です。・・・といいつつ東京と盛岡のカットしかないという(^ ^;;この頃の郡山のカットでもあれば興味深かったんですけどねぇ・・・。一昔前の200系を思い出すことができるカットがあっただけでもみっけもんでしょうか。賑やかな盛岡駅在来線ホームは次回ご紹介します。
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東京駅東北新幹線ホーム、1994年まだ1面しかなかった頃

1997年7月、深名線の旅に繋がる部分をご紹介していこうと思います。当時の鉄道事情は現在と随分と異なる点があります。そのほじくりと比較をやったら面白そうだなぁ・・・と。何回に渡るかわかりませんが、まぁ誌上旅行だと思ってお付き合いください(^ ^)
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